目的
- 「記号消費」「差異化」の概念の大枠を理解すること
- 構造主義、マルクス主義の学習のためのとっかかり
要点
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💡 ・「消費社会」における大量生産・大量消費は、モノがその機能などや使用価値ではなく、「記号(コード)」として消費されることを指す
・生産が消費を形作るのではなく、消費が生産システム(消費社会)の構築に無意識的に加担している
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気になった内容
- 見せびらかし(顕示的消費)とは異なる性質を持つ。「消費社会」におけるモノは他者とは違う自分の個性(オリジナリティ)を示すものであり、言語活動の一つでもある。そこにはモノ自体の象徴的価値は存在しない。(例)スーパーカーを買う個人
- ジェンダーや性の解放といったイデオロギーの文脈も、生産システムの秩序の中に組み込まれている。現実の社会的/経済的責任の在り処についての議論を覆い隠されて「人間解放の神話」とされてしまう
- 余暇もまた高所得者階級の「記号」として消費されている。余暇は労働時間ありきで存在している(完全なバカンス=「真空」を享受できている訳ではない)。
- 対象をもたない暴力は肉体への「疲労」となる。原因を見出すことができないからである。「努力の放棄」「緊張の解消」「便利で自動化」された社会だが、個人の充足具合はおそらくマイナスである
余談
- 「プラハの大学生」:悪魔に影を切り離された青年の話。自分の人生に不足を感じている青年に悪魔が擦り寄る。思い通りの優雅な人生を送れる代わりに影をよこせと青年に交渉し青年は承諾。時が流れ、悪魔が青年の影を世に放ち、影は悪行をしでかす。自分から疎外された一部分(=影)は青年を苦しめ付き纏う。疎外された影=自分を殺してしまうことで、死の間際に青年は救済される。